株式会社アルナ aluna

コロナ禍の今だからこそ、心に響く相田みつをの詩

6月20日(土)日本テレビ系例で放映された「世界一受けたい授業」で相田みつをさんの詩が紹介されました。この番組では、過去何度も相田みつをさんの詩が紹介されているのですが、その度に高視聴率を出しているそうです。

コロナ禍で、世界の多くの国で自国ファーストの行動が見られ、心が不安定になっている人も多くなっています。このような時だからこそ、相田みつをさんの詩が多くの方の心に響いています。弊社も長年、相田みつを美術館さんのお仕事をさせていただていますが、何度訪問しても心が洗われる気持ちになる不思議な美術館です。

今回相田一人館長がリモートで出演していましたが、その背景に飾れていた作品の中に、弊社で額装した作品がありました。
相田館長の右側に飾られている、アルミ額「にんげんだもの」です。


自社の製品がテレビに映ると、うれしくなります。
しかも中に飾られている作品が相田みつをさんの作品となればなおさらです。

相田みつをさんの作品と比べれば、弊社の額装レベルはまだまだです。
1日も早く作品に見合ったレベルに達するよう、努力を継続しなければいけません。


父の日

皆さまこんにちは!佐竹です!

今週末の6月の第三日曜日は父の日です。
1909年にアメリカ・ワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッドが、男手1つで自分を育ててくれた父を讃えて、
教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われています。

彼女が幼い頃南北戦争が勃発。父ウィリアムが召集され、彼女を含む子供6人は母親が育てることになりますが、
母親は過労が元でウィリアムの復員後まもなく亡くなってしまいます。
以来男手1つで育てられましたが、ウィリアムも子供達が皆成人した後、亡くなったそうです。

最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われました。
当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、
「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まったそうです。

皆様は日頃の感謝を込めて父の日に贈り物などはしますか?
アメリカでは父の日に感謝を込めて白いバラを贈るそうです。素敵ですね!

ちなみに、世界各国に父の日はありますが国によってバラバラで、意味合いなども違うようです。
普段はなかなか改まって伝える機会のない感謝の言葉を、きちんと伝える良い機会なので私も父に感謝を伝えたいと思います!

父の日などの記念日に送ったお花、生花だった場合そのままにしておくと枯れてしまいますよね。
今は、自宅でドライフラワーに加工できるそうで、それらが額装されているのを良く見かけます。
額縁を活用して綺麗に飾られているのをみると、気分も向上しますね!
その際は、ぜひ弊社の額縁をご活用ください!

本日はお読みいただきありがとうございました!


ベースボール記念日

皆さまこんにちは!佐竹です!

本日6月19日よりプロ野球が開幕しますね!待ち望んでいた方々は多いのではないでしょうか?
そんな記念すべき今日は「ベースボール記念日」です。
1869年6月19日に公式の記録に残る史上初の野球の試合がニュージャージー州で行われたことが由来となっています。
「ベースボール記念日」に開催された野球の試合では現代でも行われるルールの基礎となったもので、
この日から近代の野球が誕生したとも言われています。

この日に行われた野球の試合のルールにもちろん当時はプロ野球というものが無かったため、
銀行家であるアレキサンダー・カートライト2世によって編集されたものだったとされたいるそうです。

その後、日本へは1871年に来日したアメリカ人のホーレス・ウィルソンという人物によって野球が日本へと伝えられました。
その頃は「野球」というスポーツではなく「打球鬼ごっこ」という名称で全国的に広まっていったそうです。

打球鬼ごっこを最初に広めた場所が現在の東京大学である東京開成学校予科だったことから、
現在でも開催されている大学野球のルーツはここから始まったとされています。
長く愛されてきた野球がこれからも、歴史を重ねていくのが楽しみですね!

さて話は変わり、先日に引き続き額縁の歴史とデザインに触れてみたいと思います。

額縁は世界各国のそれぞれの時代を通じて、建築や工芸と関連し、絵画の内容形式に常に順応しながら、
美術文化に寄与してきました。
近代以前は、いずれの国でも美術の発達は宗教と深いかかわりを持ち、キリスト教寺院と密接な関係にある
ヨーロッパ美術では額縁は寺院建築との釣合の中で発達していったそうです。
ロココ調やゴシック様式、バロック様式など昔のヨーロッパ方面の額縁は確かにゴージャスでどっしりと重みのあるものが
多いですね。
昔は、画家が額縁のデザインまで手掛けていたそうで、サンバトーレ・ローザという芸術家は自ら額縁を製作しました。
その作品は現在も現存し、額縁のデザインに多く継承されています。
現在は、シンプルな額縁が増えた気がしますが、私は豪華で重厚感のある額縁も趣があって好きです。
もちろん、中身の絵画が主役ですからそれらを邪魔しないように額を選ぶのは難しいですね。
皆さまはどういったデザインの額縁が好きですか?
私はこれからも多くの額縁を見ていくかと思いますので、お気に入りの様式を発見していきたいと思います!

本日はお読みいただきありがとうございました!

海外移住の日

皆さまこんにちは!佐竹です!

本日6月18日は「海外移住の日」です。
1908(明治41)年、ブラジル第1回移民として158家族781人が
笠戸丸でブラジルのサントス港に到着したのがこの日です。
それを記念日として、総理府(内閣府)が1966(昭和41)年に制定され、
国際協力事業団移住事業部が実施を開始しました。

日本人が移住するまでは、ブラジルではアフリカ大陸からの奴隷によって大規模なコーヒー農園を経営して利益を出していました。しかし、奴隷制度が禁止されてからは労働者が不足する時代に陥りました。

一方そのころ日本は日露戦争後であり、戦争による賠償金が得られなかったことにより日本は資金が不足していました。
労働者が不足しているブラジルと資金が不足している日本の思惑が一致することにより、
労働力として日本人がブラジルへと移住することになったのでした。
現在でもブラジルには100万人以上の日系ブラジル人が住んでいるそうです。
当時の人々は言葉も通じない海外へ行くことに不安もあったと思いますが、生活の為と勇気をだして
海外移住に踏み切ったことは凄いと感じました。ぜひその精神を見習っていきたいと思います!

さて本日は、額縁の歴史について少し触れていきたいと思います。
額縁の歴史は、建築と深くかかわりあいながら長い年月を経て発展してきたそうです。

古代の宮殿や教会の壁や天井には呪術的、宗教的な絵画、レリーフやモザイクが描かれていたそうです。
人々はその場所を訪れ神仏を通じ、救いを求めてり豊かな暮らしを祈願しました。
やがて、神の分祀や布教の目的で壁画や天井画は持ち運びができる形にも発展していきました。

この時期に絵画やレリーフは建築から独立して芸術作品となり、
その作品を飾る為に生まれたのが額縁の原型であろうと思われています。

額縁は建築と深いかかわりがあったんですね。勉強になります。
明日は額縁のデザインにも触れて生きたと思います!本日はお読みいただきありがとうございました!

ノミ刺され

こんにちは!岩崎です!

猫を飼っているのですが、最近ノミに刺されすぎて何かの病気なんじゃないか、というくらい赤い点々が出来ています。寝ているところにも何故かノミがいっぱいいるっぽいので、なるべく早めに薬を買うなどしてこの気が狂いそうな現状を良くしていきたいと思います!

仕事に関してですが、前までは次はあれをして、次はこれをして、と言ったように指示されて動いていたのですが、最近は次はアレをしないといけない、これをしないといけない、というものがだんだんと分かるようになってきて、1から10まで指示されて動くということが減ったなと感じています。これも成長かなと思います。この調子でこれからも頑張りたいと思います!

読んで頂きありがとうございました!
岩崎

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